2010年3月24日水曜日

海外旅行する旅人の心構え

海外旅行の姿勢としての現場主義
2010年03月24日火曜日 15:55 曇り 最低気温:11ºC、最高気温;16ºC、BARCELONA
筑摩書房のちくま新書の関満博(せきみつひろ)氏の "現場主義の知的生産法"
この新書版の本は、国内や国外の工場を非常にたくさん踏査した"歩く経済学者"が、現場調査
の勘どころを初めて明かす調査のやり方の手引きだが、海外旅行する旅行者が、その国の現地の事を
知ろうとするときに、その姿勢は、非常に参考になるので、一部 引用する。

なぜ現場なのか?
(IT)情報技術により情報収集の仕方が大幅に変わり、瞬時にパソコンを動かす若い人たちを見て
いると、ワープロ止まりの私は、羨ましい限りと立ちすくんでしまう。たまたま、大量に雑文を書き
散らし始めたころにワープロが登場し、最大限利用させてもらった "ワープロ第一世代" を自認する
私は、十数年のワープロ成功体験が強すぎ、また年齢も上がり、新しい情報機器にはついていけず、
オタオタしている。暇さえあれば私だって、と思いながらもなかなか踏み込む時間もない。そのうち
やるから見ていろと、歯ぎしりを重ねる毎日である。
逆に、彼らはあれだけ巧く情報機器を駆使できるのだから、 "現場" と交流を深めていけば、
さらに良い仕事になるのでは、と思うのだが、なぜかそうはいかない。情報機器の便利さに取り
込まれ、それだけで十分、と思っているのだろうか。また、 "現場" などの面倒なことには関わる
気にもならないのかもしれない。······
また、首都圏のある私立大学で卒論をいったんワープロにしたが、その後、手書きに戻した
ことが評判になった。一つの論文の章を並べ替えたり、いくつかを組み合わせたりで幾く通りも
作成可能になる。昨今の事情であれば、複製はしごく簡単にできることになろう。手書きに戻した
大学は、手書きであれば、他人の作品を写すだけでも、それなりの労力はいるという判断であった。
このような不届きなことは言語道断だが、"情報社会は複製社会"と納得すれば、そうしたことは
十分に起こりうることがわかる。
"現場主義"とは、こうした流れとは大きく一線を画することになる。"現場主義とは自分で実感
すること、自分の言葉で表現すること"を意味する。······
なぜ"現場"なのか。それは"新たな発見がある"ということにつきる。······それは、"現場"に
通い詰め、さらに、"現場"の周辺の多様な人びとと接触しなければ、本当のところはほとんど
わからないということを私に深く実感させたのであった。

汗をかくことの意味
·炎天下に汗をかき、一軒一軒、溝板を踏みながら、中堅
職員が調査を重ねたのであった。···このデータは貴重なものであり、···だが、それ以上に重要
であったのは、汗をかいて現場を訪れ
······危機感をおぼえた区役所が、当時の···中小工場全体にたいし、···中堅職員··で手分けし
···全数のヒアリング調査を実施したことから始まる。かなり分厚な調査票を手にし、職員一人
当たり約50工場を訪問したのである。·····た中堅職員たちが、"自分たちが何によってメシを食わせてもらって
いるのか、これから自分たちは何をしなければならないこを深く実感したことだ。"とされている。
······地域を預かる市町村の職員は、空調の効いた庁舎にのんびりと座っているべきではなく、"現場"に踏み込み、自分のやるべきことを深く実感するところから始めなくてはならないのである。

"現場"の空気にポイントがある
昨今はテレビの映像や、インターネットにより、実に大量の情報が飛び込んでくる。茶の間や
書斎にいながら、世界の動きを観客として見ることができる。特に、映像は私たちを"現場"に引き
込もうとする有力な手段としてさらに進化しているように見える。衛星通信によって双方向の
関係も形成されつつある。だが、そこには"現場"に身を置いた時に感じる"緊張感"は微塵もない。
あくまでも "観客" なのである。自分の身の安全を確保し、ゆったりと傍観しているにすぎない。
昔から"百聞は一見に如かず"という言葉があるが、これはまさに至言であり、"一見"とは、
他人の目を通さずに、自分で"現場の空気"を感ずることではないかと思う。書籍で学んだことや
テレビで見て感じていたことが、ガラガラと音をたてて崩れ落ち、一瞬にして新たな認識を得る
ことができる。それは臭いであり、温度、湿度であり、頬に当たる風でもある。さらに、そこに
暮らしている人びととの間に横たわる親密度や緊張感でもあろう。······
つまり、彼らは"現場"調査をしたと言いながらも、"現場のこころ" に全くふれていない
のである。先にも指摘したように、"現場" は "発見の場" である。······"現場"調査の
焦点は、相手との"対話" にある。"対話" を重ねながら、新たな問題を浮き彫りにしてこそ
意味がある。······そうしたやり取りが、"現場"との交流の支えとなってゆくのである。···
このように"現場"と付き合うには"一生付き合う"心構えが必要であり、全体を見渡しながら、
地道に蓄積し、また交流を深めていくことが必要とされているのである。······彼らはお金を
貰っている時だけ地元を"愛そう"としているにすぎない。その地域をずっと"愛して"いかない
限り、地域との信頼は深まらないのである。······
"現場"こそ最良の教師であり、深く交流すること"、そして、"対象と"思い"を共有しながら、
"現代の証言"書き続けること"

海外旅行する時の"現場"とは、旅行しているその国であり、その住民:その土地の人びとであろう。
では、いったい旅とは何か?と言われて考えると、ある友人が言った、旅とは人民の文化交流である。
が、かなり言い当てている。俺は、その土地の人びとの心を知ることだと思う。人の心を知るのは
なかなか難しいが。ほとんどの旅行者は、ただ風景や建物や遺跡や観光物を眺めて、そのとちの
表面をなでるだけで、通り過ぎて往くに過ぎない。その土地に住んでる人達のことなんかどうでも
いいようだ。通り過ぎる観光客が多い。お金だけ落として、心は遺(のこ)さない。旅人の"愛" は
残さない。いわんや友達も創(つく)らないのだろう。やっぱり 折角 旅をしたのなら、せめて
何人かは 友達を造ってほしい。まあ、アジアや、アフリカや、中南アメリカなどの、いわゆる
第三世界の国々のほうが、友達はできやすい。外国人旅行者のめずらしい所のほうが、その土地の
人は、興味を持って、旅行者に接してくる。できれば、日本を出る前に、その国の言葉を少しでも
勉強して、ちょっとでも話せる方が良い。図書館には、20ー30くらいの外国語の教本があるはずだ。
短波ラジオでは、海外の国際放送を、外国語で聴ける。
現在の日本人旅行者は、お金持ちになって、お金をふんだんに使った大名旅行をしている。
特に若い奴らが、地元では、お金持ちシカ行かない高級食楽店(レストラン)でのんびりと食事を
している。若いのに、不釣合なのに、お金持ちに混じって、平然と食事をしている。だから、
日本人は、金持ちなんだと思われてしまう。日本人は金持ちですよと宣伝しているようなものだ。
だから、外国人旅行者のうち、日本人観光客がよく泥棒に狙われるのだ。日本人旅行者は、安全に
慣れ切っていて、周囲に対する警戒心がまったくないので、泥棒のいいカモになる。油断だらけの
スキだらけ。相手の国民が、日本人観光客のことをどう見ているか、考えが思い付かないようだ。
でも。きわめて、少数ながら、まだ、貧乏旅行をしている逞(たくま)しい青年たちもいるようだ。
スペインのサンチャゴの巡礼の道を2ヶ月もかかって歩き通した日本人旅行者にも会ったし、
その人は、リスボンで自転車をかって、イタリアのミラノの友人の家まで、自転車旅行した。
アフリカをバイクで旅行した日本人女性の話を聞いた事もある。まだまだ、荒野を目指す若者は
いるようだ。

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